今年の夏に京都に行く機会があり、
東本願寺の前を歩きました。お寺の壁に
「今、いのちがあなたを生きている」と
書かれていていました。
その時は ‟ああ~そうだね~うんうん”
と思いながらもたいして気にも
しなかったのですが
先日、友人が上の写真を送って
くださいまして、改めて味わってみると
簡潔で素敵な言葉♡
今回取り上げてみました。
解釈はいろいろあると思いますが
‟小出瑤子さん” がブログでこの言葉に
ついて書かれているのを拝読しました。
わかりやすい文で、
爽やかな風が吹いたのを感じました~。
ご紹介させていただきます。
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先日、京都駅前の東本願寺の壁に
「今、いのちがあなたを生きている」
という言葉を見つけた
いい言葉だなと思った
これがもし
「あなたがいのちを生きている」
だったとしたら当然でしょ、で
終わっていたと思う
でも違った
「生きている」の主語は
「あなた」ではなく「いのち」だった
ものすごく野暮なこととは知りつつも
話をわかりやすくするために
(わかりやすくできるのか!?)
私なりに言葉をおぎなうと
「今、(ひとつの)いのちが
(無数の)あなたを生きている」
ということになるのだと思う
「いのち」は、本当は、たったひとつだ
それは目に見えるものではない
でも「あなた」は肉体を持って
生きる人間の数だけいる
私の「いのち」とあなたの「いのち」
彼女の「いのち」と、彼の「いのち」
それらはまったく同じ「いのち」
そのたったひとつを
私が、あなたが、彼女が、彼が
別々の人格が、それぞれに肉体を持って
「生きている」
目には見えない、たったひとつの
「いのち」=「空」
肉体を持った、無数の「あなた」=「色」
般若心経の「色即是空・空即是色」って
これのことなんじゃないかなあ
(ちなみに東本願寺は浄土真宗なので、
般若心経は唱えないようですが……)
「空」も「色」も
まったく同時に存在しているのね
この「同時」っていうのが
この世界をややこしい場所にして
そしてまた、楽しい場所にも
しているような気がす
どちらかを嫌って否定することは
まったく不自然だし、そもそも
できないようになっているのだと思う
いのちがあなたを生きている
いのちが私を生きている
私とあなたは
同じ「いのち」を生きている
生きとしいけるものすべて
同じ「いのち」を生きている
なんて頼もしいんだろう
「生きて」いける
そんな風に思う
Temple Blog 2014.11.22より
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お読みいただきありがとうございました
om shanti (*^^*)